㍿こんにちあーりん🌷

妄想創作を業務とする会社です。前四半期も利益は全くありませんでした。

ロッキンジャパン2017参戦記 第2回「君はももクロ天国を見たか」

前回の終わりでは、肩で息をしながら怪盗少女の終わりを見守った僕ら。

その僕らを待っていたのは、そう、ももクロ天国への招待状だった。

「ユイツムニノタマシイヨ シンワヘトハバタケ~」の声とともに始まったマホロバケーション!怪盗終わりからのマホロバというまさに息をもつかせぬ展開。2曲目にしてすでに超攻撃的といえる曲構成に怪盗で沸き切ったはずの肩で息をしていたオタクも一気に元気を吹き返した。

いつもは圧倒的大多数を占めているイントロのうりゃおい派も今日は少数派。PA卓前の大部分が自由に振りコピなどしながら、遠くに聞こえるうりゃおいをよそに「一致団結!」のコールでももクロちゃんとも一致団結。合縁奇縁感謝祭からの総決算もピタッとそろえてからの「よっしゃ、よーってらっしゃい、ほらみってらっしゃい!天晴、晴れ舞台!」とまさに今日のロッキンのために作られたような歌詞を高らかに歌い上げるあーりんの声。もちろん「たぎれ!」のコールもばっちり。

一つ一つの歌詞がまるで今日のロッキンのステージのために作られたかのような内容。

「いざ!生粋ポジティブボルテージ!円陣組み仕上げてくステージ!」の夏菜子さんの声が青空に染み渡るように消えていく。そして、その瞬間に始まるあのフレーズ。

ももクロ天国☆ももクロ天国☆一度はおいで!」

そう、それなんだよ。後ろで見ているももクロをよく知らなかったみなさん、今日のこれがいつも僕たちの見ているももクロ天国です!届いてますか?このフレーズ!

そんな気持ちでいつものように腕をくるくる回しながら振りコピ。そのあとの「ニールヴァーナ!」も周囲のペンライトがきれいに左右に振れた。完璧だ。この場所のみんな、完璧じゃないか!

いつもはまばらな「イッサイ!ガッサイ!」「SHOW MUST GO ON!」がもう熱く厚く入る。最高のマホロバの予感がサビ前からグングン湧き上がってきた。

そして、夏菜子さんの「行け不退転~!」の声が空にすうっと吸い込まれていったその瞬間、ダダダダッ!のサビ前のあの部分で回りのみんなが一斉にももくろちゃんと同じようにその場で足踏みを始めたのだ。

サビに入るとみんなももクロちゃんを見ているのか見ていないのかというくらい振りコピに夢中。僕もマホロバケーションのサビはダイエットに使えないかと何度も何度も踊ってきただけにここは自信があるので広いスペースを使って振りコピ。

「決意が沸き立つ!」のところでくるっと後ろ向きに回りながらあのペンギンポーズを決めるところで後ろのノフさんと顔を見合わせてしまったのはご愛敬だが、それができるくらい広く自由なスペースでももクロ天国を堪能。

そして、ツーコーラス目の終わり、「さ、もーいっちょいくよー!」をきっかけにしてマホロバサークルを形成せんとノフが集合、真ん中に推し色のノフを置いて回って集まるはずだった。

ところが、テンションが上がりすぎたノフとそれを見たおそらく非ノフが、中心の黄推しとともに一斉にサークルモッシュを形成!今までにないただただカオスなサークルモッシュもみんな笑顔。なんだかわからないけれど、なんか楽しい、ももクロ天国最高!そう、これが「キミがくれたヒカリのバトン」なのかもしれない、なんでもいい!みんな楽しいから!そう思いながらまたサビ前で一斉にノフがサークルから戻り、ダダダダッ!と足踏み。

「ハルカカナタのキミにも、私の声ト、ド、ケ、ツ、ヨ、ク、ツ、ヨ、ク~!」と歌う夏菜子さんの声がまさに遥か彼方といっていいテントエリア近くの後方の人にまでも届いたであろう熱いマホロバケーションがみんなの「わーお!」の大合唱で終わった。

「後ろのみんな、聞いたか?これが!これがももクロ天国だ!いつでもおいでよ!」

 そう感じながら、僕はまた肩で息をしていた。まだ二曲目。まだショーは始まったばかり。

 

……おや、さては、これ一記事一曲ペースのやつだな?

 

次回へ続く。

 

ロッキンジャパン2017参戦記 第1回「ももいろクローバーZ、ひたちなかに立つ」

2017年8月11日。場所は国立ひたち海浜公園ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017。

結成9年目を迎えたももいろクローバーZが初めてそのステージに立った。茨城在住の僕としては、あのももいろクローバーZが、この茨城の地でロッキンのステージに立つというのが夢であっただけに、もうその発表を聞いた瞬間から間違いなくこのステージは見なければならないものだという絶対的な「信念」みたいなものがあった。

ここでももいろクローバーZがロッキンに参戦、という知らせを受け取った日の僕のツイートを振り返ってみる。 

 

このツイートからも僕のワクワクぶりがうかがえるだろう。そう、茨城の地で行われる日本最大級の邦楽ロックフェスにももクロが出演してくれたらどんなにうれしいことかと待ち望んできたのだ。それが、やっと実現するのである。

「無条件で行くしかない」

恥ずかしながら茨城に住みもうかなり長くなるのだが、ロッキンには行ったことがなかった。いつか行こう、行こうと思いながらなかなか行くことのできなかったロッキン。しかし、今回は何の迷いもないのだ。なぜならわれらがももいろクローバーZが登場するからだ!

とりあえずは仕事のシフト希望調査のカレンダーをめくり、8月11日に×をつけて、あとは何も考えず当然のごとくチケットを申し込んだ。

チケットは拍子抜けするほどあっさり確保できた。さあ、あとは8月11日を待つばかり。もちろんその間にもももいろクローバーZは動き続けており、いろいろな現場に僕も駆けずり回ることになるわけである。しかもロッキンの前の週は夏のバカ騒ぎである。ももクロも我々もなんとも忙しい夏である。

そして時は過ぎていき、いよいよ明日がロッキン。もう楽しみで仕方ない僕の浮かれポンチぶりはこのツイートからも伝わるであろう。

だが、本当に嘘偽りなく、この子たちは全力で歌い、踊り、魅せてくれたのだ。このブログはその、ももいろクローバーZ初のROCK IN JAPANのステージを観戦していた僕の大いに主観だらけの記録である。 

主に観戦していた僕らの話が主眼となってしまう点はご容赦願いたい。

 

さて、当日。早起きして最寄りの駅へ向かう。そう、茨城県開催の利点は何といっても電車1本で現地に向かうことができる点である。東京ですら何本か電車を乗り換えてライブ会場へたどり着くことが多いのに、こともあろうに常磐線1本で最寄りからライブ会場へ向かえてしまうのである。こんな喜びがあるだろうか。それだけですでにもう勝った気分だ。

常磐線に乗り、東京から乗ってきたオタク仲間と合流ののち、勝田からシャトルバスでひたち海浜公園へ。

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バスを降りた瞬間に広がる景色は非日常そのもの。

「ああ、これがロッキン……!」

そう思いながら中へ入ると、もうすでに仲間がシートエリアに場所を確保していてくれた。エリアに荷物を置かせてもらいまずは乾杯である。

 

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まだ何も見ていないっていうのに、やだ、なにこれ、楽しい!

まずは朝一でチームしゃちほこのステージを見に行くことに。この時点でもう楽しさしかない。しゃちの元気なステージでこちらもウォームアップ完了。

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ベーコン串(500円)もいただきみんなとグラスステージのHIATUSさんやNICO Touchesさんの音楽を聴きながらまったりと過ごす。やばい、もう今楽しすぎる。

そして、いよいよお昼を過ぎ、ももクロさんの一つ前に当たる、クリープハイプがグラスステージに来ようかというタイミングに。この時点でみんなが少しずつ動き始める。

「どうします?どこで見ます?」「あまり前だと人が詰まってるし、ステージも高いし、ここは広そうなところに陣取りましょう。」

転換のタイミングでみんなでそんなことを考えつつ、いい位置を探しながらクリープハイプの音楽を楽しむ。

いよいよクリープハイプの演奏が終わり転換に。その間に我々は何となく目星をつけていたステージから見て中段くらいやや上手よりにあるPAテント前に移動する。ステージも目線よりやや上の高さで見やすいし、遠すぎない。そして、なによりスペースがある。気が付けば知り合いはもとより、知り合いではないがどこかで会ったことのある人などなど、たくさんのノフが集合していた。

まだ何も始まっていないのにすでに高揚感で胸が高鳴る。これからあそこに我らがももいろクローバーZが登場するのである。

ステージの上を見上げると、今までの氣志團などのフェスでは見慣れないバンドセットが組まれているのである。ははーん、これは、もしかしてももクロさんやってくれたな?バンド連れてきたな?とその場のノフはざわつき始める。その様子を見ていた非ノフも小さく「え?バンド?」と声を上げたりする。

そこに満を持して現れるダウンタウンももクロバンド(DMB)!

ノフのテンションは一気に高まる。「あ、今日はこれ、勝てるやつだ」みんなが一斉に思ったはずだ。

その刹那、バンドがリハーサルを始める。音が出始めた、と思ったら「ザ・ゴールデン・ヒストリー」の演奏が始まる。「え?今、まさか曲を弾くの?」誰もがそう思いながら聞いているが、ノフの戸惑う姿などお構いなしに曲は続く。悟ったノフも、ももクロのいないステージに向かい、DMBの演奏に合わせて「ヘイ!」と誰もが高くジャンプする。

DMBもモノノフも最高のリハーサルを終えたかに思えたその瞬間、バンマスのヘイヘイ氏による青春賦。誰もがその優しいピアノの音色に聞き入りながら、興奮を隠して静かに開演を待つこととなった。

しばらくして、会場のビジョンには次のアーティスト紹介のVTRが流れ始める。「ももいろクローバーZ」の文字。そして流れ始めるovertureのイントロ。

「あーーーー!よっしゃももクローーーーー!」

僕はその声量に驚いた。確かに、いつでもこのovertureの声量はすごいものがあるのだが、今回のそれは今までの比ではない厚み。もう、最高の一日になる予感しかない。

カウントダウンののちにいつもより厚みのある「うりゃ!」に呼応するこれまた厚みのある「おい!」の繰り返すうちに、ももいろクローバーZが登場。

そう、その姿はまさに「ももいろクローバーZひたちなかに立つ」である。

当然、会場のボルテージはMAX。さあ、ももクロさん、一発目は何をぶちかましてくれるんだい?そんな期待に胸を躍らせていた瞬間、ノフなら誰もが聞きなれた、いや、ノフでなくても聞きなれているであろうあの曲がいきなり流れる。

『Yes! Yes! We're the ももいろクローバー!』

その瞬間に歓喜の声が一斉に上がる。

怪盗少女といえばももクロももクロといえば怪盗少女というくらいの代表曲にして最大の自己紹介曲。まさにこれぞ「ザ・ももクロ」という曲。その曲を1曲目に持ってきたのである。

僕はそこで悟った。

「この子たち、後ろの全員を獲りに来たな。ここからは見えないけれどおそらくは後方までびっしり埋まったであろう人たち全員を5色に染めるつもりでここに来たな…。」

そうなれば僕らのやることはただ一つ、フェスの利点を生かし、この広いPA前で沸いて、沸いて、沸き倒して、周りを巻き込んで、ももクロが楽しいんだって精一杯見せつけてやろう。僕たちが大好きなももいろクローバーZを好きになってもらおう!フェス、つまり今日は祭りだ。ならば、僕たちはももクロを乗せた神輿を担いでまわる役になろう。そう覚悟を決めた。

「レニ、カナコ~↑↑、シオリ、アヤカ、モモカ!」の時点でオタクが跳ねまくる。当然、僕もアヤカのタイミングで跳ぶ。やばい、もう楽しい。

杏果の歌声ののちに、ノフそろってのファーストコールである「あー!ももかー!」の声がひたちなかの空に大きく響き渡る。

「今日はもう勝った、何に勝ったかはわからないけど、これ、勝ったよ、ももクロさん!」そんな高揚感が僕らを包む。

ツーコーラス目の「春、夏、秋、冬」もいつもはあんまり見られない推しジャンがそこここで発生している。なんて濃いメンツが集まったんだ!そう思いながら、僕も「夏!」でかがんでからのジャンプを繰り出す。

ツーコーラス目が終わって「3,2,1、Go!」も決めて、間奏である。8カウントとっていつもの大天使様口上のタイミングでなぜかノフが集合し始める。わからないまま僕も集まる。自然とサークルが出来上がる。その次の瞬間、「あー!よっしゃ!#$%&#~!」とみんながサークル中央に向かって思い思いに推しへの口上を叫び始める。

もうはっきり言って自分の声すら聞き取れないカオスな状況。自分の口上が合っているかどうかすらわからないが、みな、ひたすらにサークル中央に叫び続ける。そして、「叫べ!我らがあーりんわっしょい!」と僕が叫んだ次の瞬間に、それまでバラバラに叫んでいた声がももクロMIXで「れに!かなこ!ももか!しおり!あーりん!いくぜっ!ももいろクローバー!」と一致したのである。

いや、当たり前だろ、と見ていない人は言うだろう。確かにここはももクロMIXの打ち場。揃うのも当然という話だ。今までもそうだったはずなのだが、しかし、今回ほど一体感を味わったことはなかった。なにせその瞬間にあまりの感動に鳥肌が立ったくらいだ。

なぜなら、それまでみなが思い思いに推しにだけ向けていた、カオスな口上のベクトル合戦から、一気にももクロMIXでみんなの声が同じ一つの大きなベクトルとなりステージの上のももいろクローバーZのメンバーへと向かったから。たくさんのノフの声が大きな一つの愛の塊になってももクロのところへ飛んでいくのが見えたから。

そしてMIXの打ち終わりの「ももいろクローバー!」のあとに一瞬の静寂。その中を割って入る夏菜子さんの「無ー限にひろがるー」の声。ある紫は背面ケチャをうち、ある赤は静かに推しを見守り、横のピンクはあーりんと同じようにやや決めごとのように軽めにケチャを打つ。いつも以上の自由な落ちサビを経て、「歴史に刻むはその飛翔!」からのエビぞりジャンプである。そう、今日、ももいろクローバーZはロッキンの歴史にその名を、その飛翔を刻んだのである。この瞬間は普段叫ばない僕も「歴史に刻むはその飛翔!」を叫んだくらいだ。

アウトロの「レニ、カナコ~↑↑、シオリ、アヤカ、モモカ!」で心地よい推しジャンを決め、君のハートめがけてSing a songしたももクロさんたちを見つめる。

いつものように少し肩で息をしながら目に丸く指で眼鏡を作りながら笑顔で客席を見つめる。その時には僕にはわからなかったがすでにその段階で遠く後ろのテントエリアに至るまでの満員御礼だったその景色を、あの子たちはどんな気持ちでその指の丸の中から眺めながらこの曲を歌い切ったのだろうか。推し量るにも推し量り切れない万感胸にこみ上げるものがあったに違いない。

我々も肩で息をしながら次の曲を待った。

…と、ここまで書いてまだ一曲目!どうなる?ももクロッキン参戦記!

次回へ続く。

 

卒業

  卒業式を明日に控え、3月の朝の風はまだ少し冷たく、しかし、少しだけ優しく頬を撫でて行った。秋の県大会で私たちは最優秀校に選ばれ、静岡県代表としてブロック大会に勝ち進み、気がつけば全国大会に出場が決まっていた。

 ところが高校演劇とは不思議なもので、私たちを引っ張ってくれた先輩たちが卒業した次の夏にやっと全国大会を迎える。つまり、さおさんのいない劇部として全国大会に行くことになる。予選を勝ち抜いた先輩たちが全国大会の舞台には立たないなんておかしな話だけれど、そんなことも言っていられない。私たちで舞台をまた作り上げなくてはいけない。

 ブロック大会が終わった次の日、先輩たちは私を次期部長に指名した。その場にいたみんなもそれに賛成した。「明美ならしっかり引っ張っていってくれるよね。」「明美さんなら間違いないです。」などと口々に同級生や後輩たちに言われて少しくすぐったい気持ちになりながら、私は来年の演劇部の部長になることが決まった。

 もちろん、正式にはまだ部長ではない。さおさんが卒業するまではこの部活の部長はさおさんであり続ける。しかし、全国大会にはさおさんがいないことも事実であり、早めに世代交代を行うことで、3年生のいない状態での銀河鉄道の夜を作り上げる準備をしようという、そのために次期部長を指名しておこう、という3年生なりのやさしさだった。

 いざ次期部長に指名されてみると、いかにさおさんが背負っていたものが大きかったのか、その重さが肩に食い込むようにのしかかった。新入生歓迎会のこと、来年の演劇部の体制作り、そして、新しい体制での全国大会、銀河鉄道の夜の方向性などを考えると、春休みはいつになく忙しくなりそうな気配がしていた。

 進路の決まった卒業生のほとんどは学校に顔を出さなくなっていたが、劇部の先輩たちだけは部活に顔を出し続けてくれていた。がる先輩は地元の看護学校に進学が決まってバイトに明け暮れる日々。ユッコ先輩と中西先輩は示し合わせたように同じ大学の演劇学科に進学が、そして、さおさんは悩んだ末に教育学部に進学して先生を目指すことがそれぞれ決まっていた。

 3年生は卒業式を明日に控えているというのに、今日も全員がそろっていて、劇部の風景はほとんど色を変えていなかった。最後の最後まで、私たちの新しい銀河鉄道の夜を磨き上げようとしてくれていた。

「明美ちゃん、ちょっといいかな?」

 稽古の休憩中に間借りしていた教室でみんなでなんてことない世間話をしていた矢先に、急にさおさんに美術室に呼び出された。

* * *

「ごめんね、明美ちゃん、急に呼び出したりして。」

「いえ、全然。…あ、さおさん。ご卒業おめでとうございます。」

「うん、ありがと。あ、早速でごめん。あのさ。これなんだけど。」

 さおさんはすっと一冊のノートを差し出した。さおさんがいつも持ち歩いていた見覚えのあるノートだ。お風呂にでも落としてしまったのか、水にぬれてしわしわになっているからすぐにわかった。

「え?これって、さおさんの演出ノート……。」

「あげる。明美ちゃんに使ってほしいから。」

「え?」

「もうさ、私が持っていても仕方がないし、次期部長の明美ちゃんが持ってた方がいいと思って。」

 私は一瞬言葉を失いかけた。さおさんにとっては劇部でのすべてが詰まっているはずの大切なノート。練習の時はもちろん、廊下でも胸に抱えて大事そうにしていた、きっと誰にも渡したくない、一生の宝物になるはずの演出ノート。それをさおさんが私に差し出してきたから。

「え、でも、これって?」

「私の演出ノート。……あ、そうじゃないよ?ノートの中身のとおり演出してほしいとか、そういうことじゃないの。思った通りの解釈で演出していいの。ただ、次期部長、ううん、明美ちゃんには知っておいてもらおうかなって思って。」

「私に……?」

「そう、銀河鉄道の夜を私がどう読んで、どう解釈したのか、それだけじゃなく、劇部のみんなが何を思って、何に悩んでいたかとか、すごく細かーいことも全部メモしてきたの。もしかしたら何かに生かせるんじゃないかなって。」

 聞けば聞くほど、私が預かってしまってはいけないとしか思えなくなった。私はもう一度聞き返した。

「そんな大事なものを、私が持っていていいんですか?私なんかが……。」

「ううん。むしろ、明美ちゃんだからかな?次の部長が明美ちゃんでなかったら、渡してたかわからないな。だって、なんていうの?私の頭の中をのぞかれちゃうわけでしょ?ふふっ。恥ずかしいよね。なに考えてたか見られちゃうなんて。」

「そんな……。」

 確かにさおさんの台本はすごかった。一人で書き上げたというが、私が同じような立場でこのように台本を書けるのかと聞かれれば、まったく自信がない。それゆえ、どんな頭の中身なんだろう、覗いてみたい、と思ったことも数知れない。だけど、いざそれができるとなって、本当に私がそれを見てしまっていいのか、それを考えると言葉がなかった。

「明美ちゃん、いつだか、私のことを好きだって言ってくれたでしょ?まあ、ほら、女の子にそんなことハッキリ言われたの初めてだから、びっくりしてちょっと戸惑いもしたけれど、でも、先輩として私を慕ってくれてるのはうれしかったの。私、杉田先輩にちょっとあこがれてて、杉田先輩の背中を追いかけて頑張ってきたしね。」

 杉田先輩のことをいつも追いかけていたさおさんのことも私は知っている。わたしがさおさんにあこがれたように、さおさんもまた杉田先輩のことを好きだったことは誰から見ても明らかだったし、杉田先輩もそれに応えるようにさおさんを大切にしていた。

「知ってます。」

「明美ちゃんならわかってくれると思うけど、……先輩としてね!」

   最後を強調しながら少しおどけてさおさんは言った。

「で、私が演出をやることになって、すごく悩んだ。あんなふうに私についてきてくれる人なんているのかな、私をあんなふうに慕ってくれる後輩なんて現れるのかな?って。でも、みんなついてきてくれた。私を強烈に慕ってくれる後輩もいた。まあ、強烈すぎって話もあるけど。ふふ。でも、それってすごく幸せだなって。」

「……さおさんだったから、私たち、ここまで来られたんですよ。」

「ありがとう。実はね、ちゃんと言ったことなかったかもしれないけれどね、そうやって明美ちゃんが私に言ってくれるのがいつも励みになってたの。で、そんな明美ちゃんが来年からは部長になるから、明美ちゃんと舞台をまた作りたい。明美ちゃんの思う銀河鉄道の行く末を一緒に見てみたい。……なのに、私はこの演劇部から去らなきゃいけない。卒業しなきゃいけない。前に明美ちゃん言ってたあの言葉通り。ほんと、部活って、残酷よね。」

「ですね。」

「だから、いつも私を信じてついてきてくれた明美ちゃんに、どうやったら恩返しができるかな?って。どうやったら明美ちゃんのそばにいてあげられるかなって考えたの。」

「え?……それが、この……。」

「ね。こんなノート一冊で恩返しなんて笑っちゃうよね?ごめんね。こんなことしかしてあげられない。」

「違うんです。そうじゃない。私なんかがこれを持ってていいんですか?本当に?」

「持っててほしいの。ごめんなさい。私が作った台本なのに。私は明美ちゃんが来年戦う場所にはいられないの。全部明美ちゃんたちに放り投げて卒業していかなきゃいけないの。……だから、せめてこのノートを。ううん、私の分身を、全国に連れて行ってください。あなたの率いる富士ケ丘高等学校演劇部を、近くで見守らせてください。」

 さおさんが丁寧に私に向ってお辞儀をした瞬間、私の感情を抑えていた何かがぱんっという音とともにはじけ飛び、堰を切ったかのように涙があふれ出した。

「こちらこそ、お願いします。」

「……ありがとう。明美ちゃんなら大丈夫って信じてる。明美ちゃんは、たぶん、誰よりも私のことを見てくれてたと思うから。」

「ユッコ先輩には負けますよ!」

 涙をぬぐいながらさおさんの言葉に精一杯の笑顔で返そうとしたけど、肝心の笑い方を思い出せず、私は泣き顔のまま、つたない冗談で返すだけだった。

 ふと温かい手が私の頭を包みこみ、私は気づくとさおさんの胸の中に納まっていた。その温かさに思わず私は、言うはずじゃなかった、言うべきじゃなかったはずの本音を漏らしてしまった。

「ごめんなさい、正直、すごく、すごく不安なんです。さおさんのあとが私でいいのか。全国大会に行くのが私の時でいいのか。全国大会で全部台無しにしちゃったら、3年生のみなさんになんて謝ればいいのか、そんなことばっかり考えちゃうんです。」

「そっかー。そうよね。でもね、大丈夫。明美ちゃんなら大丈夫。みんなそう言ってくれたよ。それに、3年はね、みんな、後輩のみんなが楽しくお芝居できればそれでいいよね、って。がるるも、中西さんも、ユッコも。そう言ってるから大丈夫。」

 さおさんは私をあやすように背中を軽くたたきながら、やさしく耳元でそう告げてくれた。

「でも……。」

 かろうじて発した言葉が声になっていたかどうかは、自分でも自信はなかった。そんなただただ泣きじゃくっていただけの私をさおさんはさらに温かく包んでくれた。

「わかるよ。部長のプレッシャー。みんなには言ってなかったけど、ほんと大変だったしつらかったよ。吉岡先生来なくなったときはどうしようかと思ったしね。そのせいで、明美ちゃんにもつらい思いをさせたとき、あったよね。でもね、きっと明美ちゃんもつらいと思うこと、やめたいって思うこと、何度も襲ってくると思うの。そのたびに、自分には味方なんていないんじゃないか、すごく孤独な存在なんじゃないかなって、思ってしまうの。……でもね、そこにいるのは、1人じゃない。」

 さおさんは私が胸に抱えていたノートをつんつん、とつついて言った。

「そこにいるのは、2人だよ。私がいるよ。」

「さおさん……。」

「私も連れてってね、全国に。」

「はい。」

 精一杯の笑顔で私はさおさんと約束を交わした。美術室の窓から不意に強い風が吹いた。やさしい香りのする少し暖かな風が2人を包み込んでいた。

* * *

 卒業式が終わり、お世話になった3年生がとうとう巣立っていく時を迎えた。私たちは、お礼を込めて、最後にたった4人の大切なお客さんのために、お芝居を上演することにした。一番大切なお客さんの前で1・2年生だけで上演する初めての舞台だ。

 1年生に案内され入ってきた3年生は客席の椅子に座って記念に贈られた花束を胸に抱えて、目の前に用意されたいつもの配置の舞台に少し驚きながらも、笑顔で互いに顔を見合わせながら何か談笑していた。そんな中、生徒役のみんなが舞台に現れ、そして、定位置に着いた。

 がる先輩、中西先輩、ユッコ先輩、そしてさおさん、見ていてくださいね、私たちの「銀河鉄道の夜」を。

 いつもの私のセリフで幕は上がった。

 

「さて、では。」

 

遅刻の理由

 その日の朝、私は初めて学校に行かなかった。学校に向かう気になれなかった。
 この時期には珍しく、今にも雨が降りそうな鉛色の空。そんな中、私は無意識に海へと自転車を走らせていた。

* * *

「うーん、違うなあ。『さて!では!』って勢いついてるでしょ?いつもの通りにもう少し落ち着いて。じゃ、もう一回。」

 いつもの通りに、いつもの通りにと思っているのに、いつもの通りがわからなくなる。繰り返すたびに私がいつもどうしていたのか、わからなくなる。
 気が付けば貴重な稽古時間は、「さて、では。」の一言だけで30分も過ぎていた。
 たった一言の重み。全部同じ「さて、では。」のはずなのに、さおさんにはすべてバラバラに見えている。なのに、1つ目と今、何が違っていたのかそれすらわからない。

 さおさんが求めている「正解」が全く分からない。深く入り組んだパズルのよう。
 そんなヒントすらわからないパズルを目の前にした軽い絶望と、さおさんの期待に応えられない自分への失望が入り混じり、場の空気に耐えられず、私は稽古場を出てきてしまった。
 それからどうやって家に帰ったのかはっきりとは覚えていない。家に帰ってきて初めて、ムラから携帯でメッセージが届いていたことに気付いたくらいだ。

「明美、大丈夫?」

 携帯のスリープ画面に浮かび上がるメッセージ。
 優しいはずのその一言が、逆に私を苦しめた。私のせいで稽古が止まったこと、勝手に帰ってきてしまったこと、そして何より、こんなに迷惑をかけているのに、いまだに、どう演じていいのかの正解がわからないこと。
 同級生からは、いつでも明美はすごいねって言われてきた。先輩の前でも物怖じしないし、それでいて仲いいし、どんな役も器用にこなしちゃうもんね、って言われてきた。
 器用にこなしてきたんじゃない。先輩みんなに嫌われたくなくて、気を使ってるだけだし、役のことだって別にユッコ先輩みたくいつでも100点満点ってわけじゃじゃなく、無難に70点くらいを取り続けているだけ。ごまかし続けてるだけ。
 
 明日が来るのが怖かった。明日が来たら、また稽古場に行くことになる。みんなにまた同じところで迷惑をかけることになる。
 ……いや、本当はみんなに迷惑をかけることなんかより、もしかしたら、器用さのように見せかけて、その場を無難にやり過ごしごまかすだけの性格が見透かされてしまうのが怖いのかもしれない。
 そして何より、それをさおさんに見透かされてしまうのが一番怖かった。

* * *

 私が、さおさんに憧れという感情を抱き始めたのはいつの頃からだろう。まだ1年生のころ、演劇部の部活紹介を見て、なんとなーく部活に見学に行ったときにさおさんに出会った。
「へー、演劇部に憧れて……かあ。私なんてあれよ。ユッコの付き添い。ユッコが一人じゃ恥ずかしいからって、付き添いで部活紹介にね。それで、そこでちょっと台本読んでみなよって。杉田先輩に言われて。そしたら褒められちゃって。で、調子に乗って今に至るの。ふふっ。加藤さん、だっけ?加藤さんはすごいね。演劇をやりたくて演劇部に来た。それだけでもう才能だよ。ようこそ、富士ケ丘高校演劇部へ!高橋さおり。クラスではなぜかみんなにさおって呼ばれてるの。さおりって呼んでくれるのはユッコとがるるくらい。ふふっ。よろしくね。」
 その時に言われた「それだけでもう才能」で私も勘違いしちゃって、そこですぐに入部した。さおさんはいつもにこにこしていて、太陽みたいな人だった。前の部長だった杉田さんのことをすごく慕っているのが私からもよくわかって、なぜか少し嫉妬したりもしていた。その時の1年生の教育係はさおさんだったから、自然とさおさんの背中を見ながら私たちは演劇の基礎を教わった。発声、基礎体力、表情、動き、それらはさおさんから教わるものが多かった。さおさんの背中は華奢な体とは裏腹に大きく見えて、いつしかその背中に憧れを抱くようになった。うーん、憧れ?いや、憧れというよりも、好きに近いのかもしれない。というか好きなんだ。

* * *

 大好きなさおさんに失望されてしまうこと、それが何より怖かった。
 みんなのことより、自分が憧れの先輩に失望されてしまうかも、という独りよがりの理由で勝手に落ち込んでいるだけなのに、こんな優しい言葉をもらう権利が私にあるのだろうか。
 そう思うと、それを既読にすらすることはできなかった。できればその言葉を知らないままでいた方が、まだ楽なのかもしれない。
 携帯をそっとオフにして、家族の前では努めていつもの通りにふるまった。皮肉なもので、こんな時にはいつもの通りの自分を演じられてしまう、そんな私がいやだった。
 ベッドに入っても、まだ朝が来なければいいと念じ続けていた。
 このまま朝にならなければいいのにな。ずっとずっと。できれば、もう少し前の楽しかった稽古の日に戻りたい。ずっと、ずっと楽しかったあの日のままにしておきたい。
 そんなことを考えながら目を瞑っては眠れずにまた目を開けて、いつもの通りの天井をただただ見ていた。 
 そう、さおさんが演出でなかったら、もしかしたらこんなに悩まなかったのかもしれない。大好きなさおさんの台本でなかったら、全然問題なかったかもしれない。
 今のままじゃ。大好きな人の邪魔でしかない。そんなのつらい。
 そんなことを考えているうちに、いつもの時間に目覚まし時計がけたたましく音を立て、私はベッドから立ち上がった。
 家族の前でいつもの通りの私を軽く演じて見せた後に、私はいつもの通りに家を出た。

 学校に行かなきゃ。授業に出なきゃ。部活に行かなきゃ。……わかっているのに、いつもは軽く動いてくれるはずの右足がペダルを漕ぎ出してくれなかった。
 ハンドルは無意識にいつもと逆のほうに向き、私の右足はやっと自転車を漕ぎ始めた。
 ただ、学校に向かいたくなかった。それだけの気持ちで自転車をいつもとは逆のほうに走らせていた。工場の煙突はそれでもいつもの通りに空高く煙を吐き続けていた。
 どのくらい走っただろうか。海が見えてきた。私は堤防沿いに自転車を止めると、そのまま砂浜をゆっくりと歩いた。
 さっきまで鉛色だった空は、奥のほうから徐々に青く染まってきていた。
 きっと、ムラもナリさんも高田も心配してるんじゃないかな。私が学校に来ないなんて今まで一度もなかったもんね。
 おかしいな。自分でも不思議なほどに、あれほど行きたくなかったはずの部活の仲間がなぜか真っ先に思い浮かんだ。

* * *

「なあ、ムラー。明美に連絡取れたの?」
「うーん、全然既読が付かない。」
「こりゃ重症だな。昨日のがよっぽど堪えたんかなあ。でもあんなんでこんなに落ち込むなんて明美らしいよね。あたし、あれで落ち込んでたらもたないわー。」
「器用な明美とは違って、高田は怒られてばっかりだもんね!」
「うっさいわ!でさ、どうする?さおさんにも一応……。」
「だめ、それは一番明美がつらくなる。きっと明美のことだよ。部活までには来るって。」
「……わかった。ムラが言うんなら。信じるよ。」
「うん、もし来なかったらそのとき考えよう?大丈夫だって、私たち、劇部の部員だよ?そのくらいアドリブでどうにかできるって!」
「アドリブなら得意!まかしとき!」
「明美には私からちゃんと連絡しておくよ。明美なら大丈夫。絶対明美が来たくなるようなメール、書いておくから!」
「なにそれ?脅すの?こわいわー。」
「ふふふふふ!」
「ははははは!」

* * *

 どのくらい海を見つめてただろうか。気が付けば空はすっかり青く晴れ渡り、波も心なしか穏やかになった気がした。
 さすがに無断で休むのはよくないな、っていう元来のまじめな性格の私が急に顔を出してきた。
 ムラに連絡して、先生にでも一言言っておいてもらおうかな。そう思って携帯の電源を入れた瞬間、ムラからメッセージが届いた。

「遅刻の理由、適当にでっち上げておくから、ごゆっくりどうぞ。」

 なんだ。全部お見通しか。察しがいいなあ。「遅刻の理由」か。これじゃ休めないじゃん。全部お見通し。ムラってばすごいな。
 器用になんでもこなそうとして不器用なところを見られたくなくて、なのに、ムラはそんな私も全部お見通しで、私一人で何やってたんだろ。もう、やだ。なんで私海見ながら泣いてるの?こんな台本じゃベタすぎるじゃん。
 台本……。そうだ、台本。さおさんが書いた台本。「作 高橋さおり」と書かれた台本。大好きなさおさんの作った物語の一員になれるんだって、配役発表の時にあんなに喜んだじゃない。一緒に物語を作れるって喜んだじゃない。
 
 ねえ、明美?どうせ悩むんなら、稽古場で悩めばいいじゃない。一人で考えても正解なんてわかるわけでもないし、みんなと一緒に悩もう。私を心配してくれる友達と、そして、大好きなさおさんと。だから、行くよ、明美!
 
 「ごめんね、ありがとう。3限には行く。で、遅刻の理由、何にしたの?」

 とりあえず、私はムラにメッセージを送って堤防を降りて自転車に向かった。しばらくして、ムラから返事が来た。

「ん?理由?恋煩い。」

 なに、その理由!ありえない!バカ!もう。もっと学校行きにくくなるじゃん!
 ……でもそっか、ムラには全部お見通しか。
 私は3限に間に合うように、いつもの通り学校に向けて右足で自転車を漕ぎ出した。

こんにちあーりん🌷

㍿こんにちあーりん🌷へようこそ。

ここに出てくる登場人物はどこかで聞いたことのある名前ですが、全て現実世界や、某映画の登場人物とは関係のない架空の人物だと思ってください。

お話も全てフィクションです。勝手に設定を付け加えたりしていますので、ご理解の上お楽しみください。